2018年11月18日 (日)

グローバルに進むいのちの切り捨て

児玉真美「グローバルに進むいのちの切り捨て」は「死ぬ権利」論と「無益な治療」論が両輪になって命の選別と切り捨てを加速していると主張する。「死ぬ権利」論の恐ろしいところは、それがデフォルトになってしまうことである。もともと「死ぬ権利」は自己決定権が根拠になっている。それならば生きたい人には生きる自己決定権を尊重することが相互主義である。
「無益な治療」論は恐ろしい。患者や家族が望んでいても、治療の一方的な停止や差し控えの決定権を問答無用で認める論拠になっている。論者の主張とは異なるが、このような状況には自己決定権が対抗する拠り所にならないだろうか。

和田心臓移植から50年

小松美彦「和田移植とその歴史的構造」。和田心臓移植は七三一部隊や九州大学医学部生体解剖事件とつながっている。しかし、戦争に帰してはならない。すべては医療・医学の構造的問題であり、人間の命と体への権力問題である。
和田心臓移植の問題は、自発呼吸も心音もあるのに絶望的と判断され、生きているうちに心臓を摘出された蓋然性が高いことである。仮に合法的な心臓移植を考える立場に立ったとしても、和田心臓移植は肯定できない。ここに現実の医療問題を追及する場合の難しさがある。心臓移植は許されない、許容される心臓移植ではないという二つの方向からの批判が成り立つ。

史上最強の弟子ケンイチ

『史上最強の弟子ケンイチ』5巻は不良グループの幹部に敗れたケンイチが、梁山泊の住み込みの内弟子になる。そこそこ強くなった主人公の敗北はバトル漫画で珍しくない。すぐに再戦してリベンジがお約束の展開である。ところが、本書では主人公の打撃やトラウマを丁寧に描く。リアルなバトル漫画である。
梁山泊の修行はスパルタである。現代では流行りにくいど根性タイプであるが、ギャグテイストのために漫画としては楽しめる。

2018年11月17日 (土)

貧乏神が2巻

貧乏神が2巻は新キャラクターが登場し、それによって話を回す。1話だけの新キャラやレギュラー化するキャラクターが登場する。
桜市子と紅葉のやりあいが面白いが、流石にそれだけではネタが続かないか。恋愛話では新キャラが登場したが、最後は紅葉が市子をからかうパターンになった。それが面白い。
終盤は全てに恵まれていると思っていた市子が欠けているものに気づく。このままシリアスな展開になるのだろうか。

タイタニア

ポスト銀河英雄伝説に恥じないスペースオペラになった。銀河英雄伝説は専制と民主主義を対比したが、ヤン・ウェンリーは民主主義の代表者には見えない。むしろ、個人主義や自由主義を大切にしていた。
「最高の幸福とは、つねにベストの選択ができる、ということ」(38頁)
フランシアという英雄ではない存在に存在感を与えている。「ジュスランさまが、わたしの申しあげることをきいてくださらないのなら、わたしも、ジュスランさまのおっしゃることをききません。それが対等というものだと思います」(210頁)。ここには健全な相互主義がある。
貴族が「一番お粗末で一番おいしいオムレツ」に感嘆する(107頁)。食材の価格と味が比例するという浅ましい拝金主義はとらない。
以下の表現もある。「サルベスタン産のコーヒーは、上等すぎて海賊たちの口にはあわなかった。バーティヌ産の安物で充分である」(24頁)。
人類史の中で「原子炉は絶対に事故をおこさない」という利益追求者の発言は、すべて虚言であった(135頁)。

ハリー・ポッター

ハリー・ポッターと死の秘宝。本シリーズは学園物の要素があったが、本作品は闇の帝王との戦い一色である。しかも、目の前の敵を倒していくという単純なアクションではない。むしろ逃避行である。そのために重苦しい。
ロンは大きく成長したキャラクターである。『ドラゴンクエスト・ダイの大冒険』のポップのようなキャラクターである。
魂を別の場所に保管することで身の安全を確保する防御策は『ドラえもん。のび太の魔界大冒険』の魔王を連想する。保護呪文は石ころ帽子のようである。
穢れた血など人種差別批判の要素がある。ナチスの害悪は欧米社会に大きな影響を与えていることが理解できる。

2018年11月16日 (金)

林田球・ドロヘドロ

林田球『ドロヘドロ』は漫画。魔法使いが襲ってきて人間を魔法の練習台にする世界を描く。荒廃した世界である。理不尽と混沌の世界である。
主人公カイマンは魔法使いによって頭部を爬虫類に変えられた。何故か魔法が効かない属性を持ち、襲ってくる魔法使いを返り討ちにする。どのような経緯で、このような世界になっているのか。主人公達はどのような経緯で生きてきたのか説明されない。読者も理不尽と混沌の世界に叩き込まれた気分になる。
カイマンはニカイドウと行動を共にする。ニカイドウは荒廃した世界に似合わない女性である。序盤では魔法使いの練習台にさせられ、ギリギリのところでカイマンに救われる。

2018年11月13日 (火)

たけちゃん、金返せ

藤山新太郎『たけちゃん、金返せ』は浅草演芸場時代のビートたけしの芸人仲間だったマジシャンがビートたけしさんとの交流や自分の半生を振り返った書籍である。同時代の芸人達にも触れる。昭和の演芸文化を伝える書籍である。
タイトルはビートたけしさんに貸した金が返ってきていないことに由来する。売れる前の芸人の焦燥が描かれている。テレビでは話上手なビートたけしさんも、飲み屋で知らない人の前では話が続かないタイプであった。

2018年11月12日 (月)

ギャラリーフェイク5巻

ギャラリーフェイク5巻は公立美術館の話が印象に残る。学芸員は真面目に働いているが、館長は学芸員資格を持たず、美術に関心の低い他部署の人間が就いている。業者にリベートを当然のように要求し、縁故で学芸員を採用する。腐敗した公務員である。その分野に意識がなくてもローテーションと称して異動する公務員の人事制度に欠陥がある。ゼネラリストを育成すると言えば聞こえが良いが、肩書きがなければ何もできない人である。外部から公募するなど公務員に民間感覚を採り入れるべきだろう。

2018年11月11日 (日)

スレイマンの妃

『夢の雫、黄金の鳥籠』はオスマン帝国のスレイマン大帝の妃ヒュッレムを主人公とした歴史漫画である。東欧で育ったが、遊牧民にさらわれ、奴隷として売られ、スレイマンのハーレムに入る。
スレイマンはオスマン帝国最盛期の皇帝である。最盛期ということは、その後は下り坂を意味する。
ヨーロッパなどでは悪女として有名な存在である。日本では日野富子に相当するだろうか。日野富子を主人公とした大河ドラマがあったが、本作品も主人公はふてぶてしい悪女ではない。

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